編集部注:本記事は2025年2月末に配信されたパジ(安宅基)のVoicy「NFTとはなんだったのか、これからはなんであるのか」を書き起こし・再構成したものです。時期に関する記述は配信時点のものです。
NFTは死んだ。そう片づける人が、ここ最近かなり増えました。
でも、死んだのはNFTじゃないんですよね。乗っていた「投機」だけが、そっくり別の場所へ引っ越した——というのがパジの見立てです。引っ越し先がミームコイン。代替可能なトークンの方が、投機には都合がいいからです。2020年のDeFiサマー、2021年のNFTサマー、CryptoPunks、Bored Ape、PFP。あの熱狂を分解すると、当時のNFTと、これからのNFTは別物だと見えてきます。
そもそもNFTサマーは、何の上に立っていたのか
収録しているのが2025年の2月末。NFTが本格的にムーブメントになって「NFTサマー」と呼ばれた2021〜22年から、もう3〜4年が経ちました。
ブロックチェーン業界全体で見ても、NFTに近しい業界で見ても、あの頃に比べるとNFTの存在感はちょっと薄まっている。そう感じている人の方が多いと思うんですよね。あの2021〜22年のお祭り騒ぎのような流通の盛り上がりは、もうなかなか起こりづらい環境になりつつあります。
ここで見逃せないのが、NFTサマーは「単独で」立ち上がったわけじゃないということです。
NFTサマーの前年、2020年にDeFiサマーがありました。いわゆる暗号資産の投機的な盛り上がりが、先に一度あったわけです。そこで膨れ上がった暗号資産の含み益——ある種の余ったお金が、次の投機対象を探していた。そのタイミングで、新しい投機投資の対象としてNFTに注目が集まった。この流れは本当に大きいと思います。
つまりNFTサマーは、DeFiサマーで生まれた投機マネーの受け皿という側面を、最初から強く持っていたんですね。ここを押さえておくと、後半の話がスッと入ってきます。
NFTに求められたものの「3層モデル」
ここからが本題です。NFTに当時求められていたものを、パジは3つの層に分けて整理しています。この3層モデルで見ると、なぜ熱狂が冷めたのか、そして何が残るのかが構造的に見えてきます。
第1層:唯一性そのものへの驚き
最初にNFTが盛り上がったのは、1点もののアートや、過去のツイートのような創作物でした。一般の人にはなかなか理解できない一点ものに、とてつもない金額が演出されてしまう。
一枚の絵画が数十億円する、それと同じ感覚で、単なるデジタルデータに数十億円の値がつく。それが世界中を駆け巡るニュースになっていったわけです。
ここで効いていたのが、NFTが持つノンファンジブル=代替不可という特性です。「これは世界に一つしかない」という事実そのものが、まず驚きとして消費された。これが第1層です。
第2層:PFPという投機ゲーム
その代替不可性が、いろいろなアイデアを生み出していきます。CryptoPunksやBored Apeのような、いわゆるジェネラティブ・コレクティブル。これがその後PFP(プロフィール画像)というジャンルを確立して、ほとんどのNFTプロジェクトはPFPを指す、という流れになっていきました。
もちろん当時から、ゲームのアイテムNFT、音楽データのNFT、現実資産(RWA)の権利をトークン化するような使い方もありました。ただ、投機と注目が圧倒的に集中したのがPFPだった。だから2021〜22年のNFTサマーは、一旦PFPの現象だったと位置づけられると思うんですよ。
そしてこのPFPのプロモーション手法が、ブロックチェーン業界にこれまでなかった大きなゲーム性を帯びていた。ここが本当に大きかった。
- 限定数の演出:1万種類、2万種類といった発行上限。世界中から集まった人たちに手頃な希少性を感じさせるには、この数が絶妙に的確でした。
- アローリスト(AL)争奪:ミント時に安く、あるいは無料で買える優先購入券=ALを得ること自体が、一種のクエストになりました。
- 貢献のタスク化:SNSでの拡散を含め、プロジェクトへの貢献に応じてポイントが割り当てられる。ALに当たった・外れた、何枠取れた、ランク上位に入れた——そこが新規性であり、面白さだった。
- パンプ&ダンプ:発行直後からプレミア価格がつき、価格が跳ね上がっては落ちるを繰り返す。ここにカジノ性・ギャンブル性が宿った。
この投機ゲーム性に惹かれて、純粋な投機・投資勢が一斉に入ってきました。同時に、ジェネラティブなパーツを作れるクリエイターも混ざってくる。これまでのエンジニア中心だった世界に、クリエイター層やビジネスパーソンが流れ込んできた。かなりのリテラシーは要求されたものの、より広い層を巻き込んでムーブメントが作られていったわけです。これが第2層、投機ゲームの層です。
第3層:投機が抜けた後に残るもの
PFPブームを経験した人の頭の中では、NFTの体験はだいたいこういう形をしていたと思います。1万体のキャラクターがあって、PFP化のロードマップが描かれ、ALを配るプロモーションが走り、Discordで盛り上がる。そこにミントの日が来て即日完売、即座に二次流通マーケットが始まり、時価総額やフロアプライスがいくらつくか——その投資・投機の部分に、興味の7〜8割が向いていた。
クリエイティブはもちろん重要でした。でも、クリエイティブと投機を比べると、投機の方が強かった。それが2021〜22年に起きた現象なんだと思うんですね。
では第3層、つまり投機が抜けた後に何が残るのか。それを考えるには、その投機がどこへ消えたのかを見る必要があります。
投機はなぜミームコインへ引っ越したのか
ここがこの記事の山場です。
段々とこの投機の傾向が強まるにつれて、ある身も蓋もない理屈が効いてきます。投機をするのなら、ERC-20のようなファンジブル(代替可能)トークンに寄せた方が、流動性が確保しやすい。さまざまなDEXを通じて売買もしやすい。二次流通が盛んであることが正義なら——わざわざジェネラティブなクリエイティブのパーツを作る必要すら、ないんじゃないか。
この理屈が明示的に語られたかどうかは分かりません。でも実態として、NFTの盛り上がりは投機の文脈ではミームコイン側へずれていった。これは確かだと思うんですよ。
つまりこういう構造です。NFTサマーで最も大きかった「投機ゲーム」の層は、実はNFTでなくても成立する層だった。むしろ代替可能なトークンの方が、流動性という一点において投機に最適化されている。だから投機マネーは、より効率のいいミームコインへ自然に流れた。
NFTは死んだんじゃない。NFTから投機だけが剥がれて、もっと投機向きの器へ引っ越した。これが「NFTの存在感が薄まった」の正体だ、とパジは見ています。
では、これからNFTに求められるものは何か
以下はパジの予想・私見です。事実ではなく読みとして聞いてください。
3層モデルで整理すると、答えの輪郭は意外とはっきりしています。
第2層の投機ゲームがミームコイン=FTへ流出したということは、逆に言えば、これから残るNFTの価値は「FTには絶対に肩代わりできないもの」に絞られていく、ということです。
FTは代替可能だからこそ流動性が高い。裏を返せば、FTには「一つひとつが違う」という性質を持たせられない。だとすれば、NFTが本当に問われるのは第1層に立ち戻った価値——代替不可性そのものが意味を持つ場面です。
- 「これは世界に一つ」が効く、本物の唯一性・来歴の証明
- 誰が持っているかが意味を持つ、所属やアイデンティティの証明
- 値動きではなく、保有していること自体に効用がある使い道
投機という最も派手だった層が抜けた今こそ、NFTは「代替不可であることに本当に意味があるのか」を一件ずつ問われる。その問いに耐えられるものだけが残っていく。パジはそう読んでいます。
言い換えると、NFTサマーは「代替不可性を、投機の燃料として消費した時代」でした。これからは「代替不可性を、投機抜きで成立させられるか」が問われる時代になる。同じNFTという言葉でも、求められているものが180度違うんですよね。
3層モデルで、次の波を見誤らないために
この3層モデルを持っておくと、今後新しいNFTやトークンのプロジェクトを見たときに、冷静に分解できます。
それは第2層、つまり投機ゲームを売っているのか。だとしたら、流動性で勝るFT・ミームコインに勝てる理屈はあるのか。それとも第1層に立ち返った、代替不可性そのものに意味を持たせる設計なのか。ここを見るだけで、その盛り上がりが一過性のお祭りなのか、残る価値なのかの当たりがつきます。
NFTサマーの熱狂を「あれは何だったのか」で終わらせず、層に分けて解剖しておく。それが、次にまた来るであろう波に踊らされずに乗るための、最低限の準備になります。
……と、ここまで話してきましたが、「これからNFTに求められるもの」の踏み込んだ続きは、配信ではプレミアムリスナー限定の方で扱いました。ここでは構造の入り口まで、というところで。
今日はここまでここまで、バイバイバーイのバイ!